同友会ニュース−活動報告

【07.10.11】日本一のふく市場~第35回青年経営者全国交流会in山口の見学分科会から

松村さん  9月13日、14日に山口で行われました青年経営者全国交流会の見学分科会から、報告内容をご紹介します。来年は岩手で全国から約1,000名の方々をお招きして行われます。

                                     第14分会報告:日本一のふく市場 ~ブランド・ふくを担う企業経営と地域貢献の実践~   下関唐戸魚市場(株)代表取締役社長 松村 久氏 

ふぐ専門の市場として

ふぐ  下関唐戸の市場周辺には昔、料亭が沢山ありました。大陸の玄関口として、日本の政治の中心地として多くの政治家がここでふぐを食べ、そして板場さんも仲居さんも一緒に東京に出てふぐが普及していった、というのが始まりです。
 昭和40年代になり、それまで禁止されていた東シナ海でのふぐ漁ができるようになり、漁に出ると2日ほどで船一杯になるという状況が続きました。そのころふぐは大量に港にあがりましたし、非常に安かったのです。
 そこで県とも協議し我々はふぐ専門の市場として生きていこう、ということで昭和49年11月に南風泊にふぐ市場を移し、安定供給のために様々な整備を重ねていきました。

ふぐ 昭和40年には天然のトラふぐを年間3千トンから多いときで5千トン扱っていました。昭和50年に入ると東シナ海に韓国、中国のはえ縄船も一緒に操業することになり、1日で穫れる量は昭和30年代は1日で3千匹、昭和50年代には100匹、そして最近は5匹という割合に減少してしまいました。それほど天然のふぐは穫れなくなりました。そして平成6年ごろからは南風泊で扱うふぐは、養殖が主体になってきたというのが現状です。

相場の安定をつくってきた袋競り

ふぐ  50年代には養殖のトラふぐも出てきていましたので、ふぐは高いけれども非常に供給が安定している。おいしいということを伝えていきました。
 一番苦労したのは相場を安定させることです。皆さんもテレビなどでご存じの袋競り。冬の風物詩となっていましたが、黒い布の中にお互いが手を入れて価格を決めていくユニークなものです。実はこの袋競りが、ふぐ相場の安定に貢献してきました。
 現在、日本中のふぐの90%は養殖、10%が天然です。ほとんど天然は食べられません。ふぐ専門店では一年中同じ肉質のものを出したいので、養殖を選ぶようになりました。
 養殖は4月に受精した卵が生まれ、一年たっても300グラムから400グラムにしかなりません。一年半経過してようやく800グラム程度になります。また、ふぐは水温が高いと餌を食べなくなります。1万匹育てていたものが夏場に5千匹しか残らないというのが養殖です。ふぐの養殖は非常に難しいのです。
 現在は中国で年間四千トンを養殖、半分は日本、残りは韓国に流れています。日本の養殖生産量は6千トン、総量で年間1万トンが消費されているというのが現状です。

市場の屋台寿司に人が群がる

ふぐ  6年前に唐戸の魚市場に水族館ができました。そしてその隣に新魚市場をつくりました。さらに空いたもとの魚市場跡地にフィッシャーマンズワーフが完成、この3つが揃ったことで、人が集まるようになりました。しかしながら食べるところがない。

ふぐ  そこで市場の一階で競りが終わったあと「魚屋さんが直接寿司を握れないものか」ということになり市場の屋台寿司を始めました。週のうち金土日の3日間だけですが、どんどん人が集まるようになり、今では本当に並んで食べるような勢いです。
 現在下関の市場は花、青果、鮮魚、ふぐと分かれています。北九州は一カ所で全てが揃いますので、下関のスーパーは北九州に買い付けに行っています。やはり将来的には、昔に戻って一つのところで競りをする市場を持つというのが最終的な夢であり、これが私の仕事だと思って頑張っているところです。

子どもたちの未来のために食文化を伝える

 ふぐ  10数年前PTA会長だった頃「学校給食でふぐを出しませんか」と言ってみましたら、誰もがいいねやろうと言いました。しかしそこから給食に出るまでに、3年かかりました。
 給食は子どもたちの口に入るまでに3段階あるんです。給食委員会、教育委員会、保健所と3つクリアしないといけません。子どもが将来「俺たちの故郷は学校給食にトラふぐを使うんだ」そんな嬉しそうに話す姿を見てみたい。だから一切れでも二切れでもいい。ふぐの身を出したい」という話をしたら、「骨が刺さったらどうする」という話を給食委員会からされました。鳥も骨を抜いて給食に出すからふぐも、というわけです。そんなエピソードもあります。驚きましたが、なんとか3年間粘ってふぐ雑炊という形で出しました。それから1年に1回、ふぐを給食に出すことを十数年続けています。全くこれは利益にはなりませんが、子どもたちのためと思って続けています。下関にあがる鯨もアンコウも同様に1年に1回給食に出します。これが下関の地域の特長です。

ふぐ  同友会に入会して13年、様々なことを学びました。6年前私が社長になったときに、皆さんの前で「水産業の発展に寄与し、安心・安全な水産物を取扱い、創造的な企業へ」を経営理念に掲げ、グループ会社を十社作ると宣言し、経営指針を毎年変えながら実践、人育てをしてきました。やはり最後は人材かなということを考えながらやっています。これからも下関のために、そしてふぐの普及のために全力で頑張っていきたいと思います。

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